2010年01月17日
記事配信登録者の皆様へ
ふーみんぐの記事を楽しみにしてくださった皆様
これまでの、支えを感謝いたします。
2月より、みことばネットワークのブログから
車潤順先生が書かれた愛の泉の
「日々の祈り」や「歴史を照らすみことば」など
できるだけ、毎日、配信していこうと考えています。
なかなか、落ち着いてディボーションの時間がとれない
そう思っていらっしゃる方でも
携帯などのメール配信で、
神様のみことばに思いをはせ
おられるその場で祈ることは可能です。
どうぞ、必要ならば
こんどは、みことばネットワークの
記事配信へとメールアドレスをご登録ください。
これまでの、支えを感謝いたします。
2月より、みことばネットワークのブログから
車潤順先生が書かれた愛の泉の
「日々の祈り」や「歴史を照らすみことば」など
できるだけ、毎日、配信していこうと考えています。
なかなか、落ち着いてディボーションの時間がとれない
そう思っていらっしゃる方でも
携帯などのメール配信で、
神様のみことばに思いをはせ
おられるその場で祈ることは可能です。
どうぞ、必要ならば
こんどは、みことばネットワークの
記事配信へとメールアドレスをご登録ください。
2009年12月20日
ふーみんぐを応援してくださった皆様へ
私たち夫婦の働きは、
日韓教会を活かす会から始まり、みことばに活きる会、
家族支援センターふーみんぐへと何度か名称の変遷はありましたが、
根底に流れているのは、いつもかわらず、
神様のみことばによって生きていきたい、
みことばによって幸せな家族となる人々を支援していきたいという願いでした。
どんなに形は変わっても、主にあって変わらず、
私たち夫婦を愛してくださり、祈ってくださり、
物心両面からのご支援をくださった皆様に、心からの感謝を申し上げます。
ふーみんぐの働きは、家族問題を中心としたカウンセリングがどんどん増え、
施設を用いての働きをなかなか思うように拡大できない状況です。
ですから、ふーみんぐの施設を用いて泉川牧師だけに頼らない
新しい歩みができないものか、私も祈り考えていました。
NPOを解散しても、そのまま「ふーみんぐ」の名称を残すつもりでいましたが、
「ふーみんぐ」の名称も取り下げ、
「みことば」の働きを明確にすることにしました。
みことばに活きる会は現在、
韓国においては世界に発信していこうという願いから
「ロゴス・ライフ」としていますので、
私たちも「ロゴス・ライフ沖縄支部」という看板に変更し、
先に沖縄、東京で働きを始めておられる兄弟姉妹方と協力しあい、
韓国の兄弟姉妹方と共に
心一つにして働いて行こうと決心しています。
家族セミナー、教師セミナー、
マリッジセミナーなど
これまで「ふーみんぐ」の働きとしていた活動や
家族支援のすべての働きも継続しながら、
沖縄から毎月、韓国のロゴス・ライフ本部に出かけ、
そこで、みことばを学び、訓練を受け、
それをもちかえっての分かち合いの集会、
来年、韓国から来られる宣教師夫妻と協力しあって、
「みことばの音」の集会や
「みことばの音」や「聖書のことば」を教材に
韓国語講座などを開催できたらと考えています。
詳しいことが決まり次第、
「みことばネットワーク」
(旧ふーみんぐ通信)を通してお知らせいたします。
ブログ、「ふーみんぐ」も
これをもって記事の投稿は終了させていただきます。
新しくはブログ「みことばネットワーク」をご覧ください。
「ロゴス・ライフ沖縄支部」としての新しい歩みのためにも
ますます、皆様の変わりないご支援をお願いいたします。
主にあって、私たち夫婦を愛してくださる皆様の上に、
神様の祝福が豊かにありますように心からお祈り申し上げます。
2009年12月 泉川留美子 090-6861-1431
日韓教会を活かす会から始まり、みことばに活きる会、
家族支援センターふーみんぐへと何度か名称の変遷はありましたが、
根底に流れているのは、いつもかわらず、
神様のみことばによって生きていきたい、
みことばによって幸せな家族となる人々を支援していきたいという願いでした。
どんなに形は変わっても、主にあって変わらず、
私たち夫婦を愛してくださり、祈ってくださり、
物心両面からのご支援をくださった皆様に、心からの感謝を申し上げます。
ふーみんぐの働きは、家族問題を中心としたカウンセリングがどんどん増え、
施設を用いての働きをなかなか思うように拡大できない状況です。
ですから、ふーみんぐの施設を用いて泉川牧師だけに頼らない
新しい歩みができないものか、私も祈り考えていました。
NPOを解散しても、そのまま「ふーみんぐ」の名称を残すつもりでいましたが、
「ふーみんぐ」の名称も取り下げ、
「みことば」の働きを明確にすることにしました。
みことばに活きる会は現在、
韓国においては世界に発信していこうという願いから
「ロゴス・ライフ」としていますので、
私たちも「ロゴス・ライフ沖縄支部」という看板に変更し、
先に沖縄、東京で働きを始めておられる兄弟姉妹方と協力しあい、
韓国の兄弟姉妹方と共に
心一つにして働いて行こうと決心しています。
家族セミナー、教師セミナー、
マリッジセミナーなど
これまで「ふーみんぐ」の働きとしていた活動や
家族支援のすべての働きも継続しながら、
沖縄から毎月、韓国のロゴス・ライフ本部に出かけ、
そこで、みことばを学び、訓練を受け、
それをもちかえっての分かち合いの集会、
来年、韓国から来られる宣教師夫妻と協力しあって、
「みことばの音」の集会や
「みことばの音」や「聖書のことば」を教材に
韓国語講座などを開催できたらと考えています。
詳しいことが決まり次第、
「みことばネットワーク」
(旧ふーみんぐ通信)を通してお知らせいたします。
ブログ、「ふーみんぐ」も
これをもって記事の投稿は終了させていただきます。
新しくはブログ「みことばネットワーク」をご覧ください。
「ロゴス・ライフ沖縄支部」としての新しい歩みのためにも
ますます、皆様の変わりないご支援をお願いいたします。
主にあって、私たち夫婦を愛してくださる皆様の上に、
神様の祝福が豊かにありますように心からお祈り申し上げます。
2009年12月 泉川留美子 090-6861-1431
2009年12月13日
12月のセミナー
いよいよ今月で今年も終わりますね。
しめくくりの今月、心して日々を過ごしたいものです。
12月のセミナーは
12月18日(金)午後8時 教師セミナー
12月25日(土)午後8時 マリッジセミナー
教師であってもなくても、
結婚しててもしてなくても、
どなたでも自由にご参加ください。
しめくくりの今月、心して日々を過ごしたいものです。
12月のセミナーは
12月18日(金)午後8時 教師セミナー
12月25日(土)午後8時 マリッジセミナー
教師であってもなくても、
結婚しててもしてなくても、
どなたでも自由にご参加ください。
2009年12月01日
12月5日・土曜日です
今月の家族セミナーは12月5日(土)午前10時半。
いつものように、ふーみんぐの研修室で行われます。
今月の家族セミナーの後は
毎年、恒例の
「リジョイス・クリスマス・コンサート」も
午後1時半から開催いたします。
リジョイスの楽しいアレンジ、
リジョイスのおもしろいトーク
毎回、子供たちも大喜びのコンサートです。
昼食もたくさん用意します!
本場韓国からのおみやげのキムチで
手作りのキムチチゲも!
体も心もほっかほかに温まりますよ。
家族セミナーから引き続き、ご参加ください。
もちろん、コンサートの後はいつものように
子供たちのお楽しみ会と
子供たちへのクリスマスプレゼントも用意しています。
ぜひ、ご家族でご参加くださいね。
どなたの参加も大歓迎!入場無料です。
いつものように、ふーみんぐの研修室で行われます。
今月の家族セミナーの後は
毎年、恒例の
「リジョイス・クリスマス・コンサート」も
午後1時半から開催いたします。
リジョイスの楽しいアレンジ、
リジョイスのおもしろいトーク
毎回、子供たちも大喜びのコンサートです。
昼食もたくさん用意します!
本場韓国からのおみやげのキムチで
手作りのキムチチゲも!
体も心もほっかほかに温まりますよ。
家族セミナーから引き続き、ご参加ください。
もちろん、コンサートの後はいつものように
子供たちのお楽しみ会と
子供たちへのクリスマスプレゼントも用意しています。
ぜひ、ご家族でご参加くださいね。
どなたの参加も大歓迎!入場無料です。
2009年11月09日
父の思い出
昨日は義父が他界して100日の記念会でした。
ひまご3名を含む家族が集まって
讃美歌を歌い、祈りの時をもちました。
記念会のショートメッセージの中で
「父は初めから一人ひとりを家族と思って接してくれた」と
いうことが語られました。
その話を聞きながら
義父の思い出が私の脳裏にも浮かんできました。
結婚を前に
初めて私が紹介されるとき
新緑がすばらしい季節だから
ドライブに行こうと
義父の提案で北部をドライブ
その途中で当時、義父が勤めていた
小学校に寄りました
同僚の先生方に会うと
「私の家族です」と
初めて会う私を含めて紹介してくれました。
結婚の許可をまだもらっていないうちに
すぐに「家族です」と紹介されて
ちょっと恥ずかしい気持ちもありましたが
とても嬉しかったことを思い出しました。
結婚してあと
義母が私のことを「留美子さん」と
呼びました。
その時、突然、義父のどなり声
「留美子さんと呼ぶな!なぜ、さんづけで呼ぶ。
家族なんだから留美子と呼べ!」と。
どなり声にびっくりしましたが、
嫁姑の仲を配慮してくれたのだと思います。
教育者として生きた義父ですから
叱るときは、厳しい言葉でした
「理解されていない」と涙することも
何度かありましたが
それでも、本当に「家族」として
嫁三人をも育ててくれたと思います。
義父のことをまた
なつかしく思いだしながら
初めから
私のことも家族として受け入れてくれた
義父に感謝しながら
100日の記念会を終えました
ひまご3名を含む家族が集まって
讃美歌を歌い、祈りの時をもちました。
記念会のショートメッセージの中で
「父は初めから一人ひとりを家族と思って接してくれた」と
いうことが語られました。
その話を聞きながら
義父の思い出が私の脳裏にも浮かんできました。
結婚を前に
初めて私が紹介されるとき
新緑がすばらしい季節だから
ドライブに行こうと
義父の提案で北部をドライブ
その途中で当時、義父が勤めていた
小学校に寄りました
同僚の先生方に会うと
「私の家族です」と
初めて会う私を含めて紹介してくれました。
結婚の許可をまだもらっていないうちに
すぐに「家族です」と紹介されて
ちょっと恥ずかしい気持ちもありましたが
とても嬉しかったことを思い出しました。
結婚してあと
義母が私のことを「留美子さん」と
呼びました。
その時、突然、義父のどなり声
「留美子さんと呼ぶな!なぜ、さんづけで呼ぶ。
家族なんだから留美子と呼べ!」と。
どなり声にびっくりしましたが、
嫁姑の仲を配慮してくれたのだと思います。
教育者として生きた義父ですから
叱るときは、厳しい言葉でした
「理解されていない」と涙することも
何度かありましたが
それでも、本当に「家族」として
嫁三人をも育ててくれたと思います。
義父のことをまた
なつかしく思いだしながら
初めから
私のことも家族として受け入れてくれた
義父に感謝しながら
100日の記念会を終えました
2009年11月07日
心の中の父
父が亡くなり三か月がたちました。
ふとした瞬間に父のことを考えている自分に気づくことが多く、
その度ごとに自分の中における親の存在の大きさを痛感させられています。
寂しくないと言えば嘘になります。
しかし、自分自身の心のあり方や生き方の中に、
父から影響を受けた部分を確認しながら、
父は私の中で生き続けているのだという思いを強くし、
他界してもなお私の歩む力になってくれている事実に心から感謝の思いがわいてきます。
いつの日か再び父に会える日があると信じています。
父に会える日に父の子としてどのように生きてきたか、
感謝をもって伝えることができるように励んでいきたいと思います。
父との親子の絆を確かめながら教えられたことがあります。
生きるということは自らが生きた証を関わった方々の中に印すことだということです。
周りの人の中に何を印すかで、関わった方々を祝福する者になるか、
それとも禍を残す者になるかが決まってしまうのです。
私にも三人の子どもがいます。
父の死は、親として彼らの中に何を残すことができ、
何を印すことができるのだろうかと自分自身の生き様そのものを問う良い機会になりました。
父の葬儀のために訪ねてきてくださった方々から
家庭の外での父について聞く機会が与えられたことは大きな恵みでした。
残された家族にとっては慰めとなるような
父に対するほめ言葉をたくさん頂戴いたしました。
父とて人間です。欠点も弱さも失敗もあるはずです。
しかし、愛をもって父の足りなさを包んでくださり、
残された家族を励まそうとする優しい心で
父の良かったことだけを話してくださる、
こういう方々との交わりの中に父は生きてきたのだと思うと、
父の人生は幸せなものだったのだと強く思わされて嬉しく思いました。
また、そのような絆の中に生き、
その絆を結びながら生きてきた父を誇らしくも思いました。
このような父を与えて慈しんでくれた神に感謝しつつ、
生前、父のために心を尽くしてくださった皆様にも心から感謝を申し上げます。
皆様と家族として結ばれているからこそ感ずる幸せです。
これからも私は、皆様と
多くの方々の家族の幸せのために励んでいきたいと願っております。
ふとした瞬間に父のことを考えている自分に気づくことが多く、
その度ごとに自分の中における親の存在の大きさを痛感させられています。
寂しくないと言えば嘘になります。
しかし、自分自身の心のあり方や生き方の中に、
父から影響を受けた部分を確認しながら、
父は私の中で生き続けているのだという思いを強くし、
他界してもなお私の歩む力になってくれている事実に心から感謝の思いがわいてきます。
いつの日か再び父に会える日があると信じています。
父に会える日に父の子としてどのように生きてきたか、
感謝をもって伝えることができるように励んでいきたいと思います。
父との親子の絆を確かめながら教えられたことがあります。
生きるということは自らが生きた証を関わった方々の中に印すことだということです。
周りの人の中に何を印すかで、関わった方々を祝福する者になるか、
それとも禍を残す者になるかが決まってしまうのです。
私にも三人の子どもがいます。
父の死は、親として彼らの中に何を残すことができ、
何を印すことができるのだろうかと自分自身の生き様そのものを問う良い機会になりました。
父の葬儀のために訪ねてきてくださった方々から
家庭の外での父について聞く機会が与えられたことは大きな恵みでした。
残された家族にとっては慰めとなるような
父に対するほめ言葉をたくさん頂戴いたしました。
父とて人間です。欠点も弱さも失敗もあるはずです。
しかし、愛をもって父の足りなさを包んでくださり、
残された家族を励まそうとする優しい心で
父の良かったことだけを話してくださる、
こういう方々との交わりの中に父は生きてきたのだと思うと、
父の人生は幸せなものだったのだと強く思わされて嬉しく思いました。
また、そのような絆の中に生き、
その絆を結びながら生きてきた父を誇らしくも思いました。
このような父を与えて慈しんでくれた神に感謝しつつ、
生前、父のために心を尽くしてくださった皆様にも心から感謝を申し上げます。
皆様と家族として結ばれているからこそ感ずる幸せです。
これからも私は、皆様と
多くの方々の家族の幸せのために励んでいきたいと願っております。
2009年11月06日
心が変わらないために
すでに報告しましたが
明日は家族セミナーです。
家族が家族であり続けるために
大切なことは
心変わりしないことです。
心変わりすると
どんな人間関係も
変質してしまいます。
ですから
心を変えないことは
大切なことです。
明日の家族セミナーは
「心を変えないために」
と言うテーマで一緒に考えたいと思います。
朝の10時30分に「ふーみんぐ」で
お待ちしています。
もし、場所が分からない方がいらっしゃいましたら
早めにお出かけくださり
読谷高校前からお電話ください。
090‐1943‐8371(泉川)
2009年10月17日
小さなスペースに咲く花
小さなスペースに咲く花

管理をしている宮城さんは草花が大好きです。
敷地内の小さなスペースを利用して
いろいろなものを植えています。
もちろん狭い空間に
野菜も植えています。
折々の食卓の楽しみのひとつです。

愛でる人がいて生き生きとしている草花
自分は家族や周りの人に心を注いでいるだろうか?
どうなんだろう
管理をしている宮城さんは草花が大好きです。
敷地内の小さなスペースを利用して
いろいろなものを植えています。
もちろん狭い空間に
野菜も植えています。

折々の食卓の楽しみのひとつです。
愛でる人がいて生き生きとしている草花
自分は家族や周りの人に心を注いでいるだろうか?
どうなんだろう
2009年10月14日
ほっとする顔
「悪者によって開発されたウイルス感染で死を宣告された若者が、
搬送された病院の隔離病棟のスタッフに囲まれてパニックを起こしている」
たまたま見たテレビ番組のシーンです。
連絡を受けた両親が駆けつけた時、
死の恐怖に極度に緊張した彼の表情が変わりました。
「これまで一度も口にしたことはないけれど、いつも守られてきた。
父さん、母さんには感謝している。心から尊敬している。
父さんと母さんの顔を見たらほっとしたよ。」と彼は両親に告げました。
親の顔を見たらほっとした、という経験は誰にでもあることでしょう
私も子どもの頃、怖いことや辛いことをじっとこらえていた時、
親の顔をみたら、ほっと安心して泣き出した事が何度かありました。
考えてみると私たちはいつも人の顔を見ています。
それは生まれたときに私たちの顔を覗き込む母親の顔を見るところから、
他者とのコミュニケーションが始まったからなのかも知れません。
最初に見た顔、一番よく見た顔は多くの人にとって母親の顔でしょう。
そしてその顔の人は、私の苦痛を取り除き、
お腹も心もいっぱいに満たしてくれ、安心させてくれたのです。
だからその顔をみるだけでほっとするのだと思います。
状況は変わらなくても、顔をみるだけで心のあり様は変わるものです。
親に限らずあなたを大切にしてくれる人の顔なら、
だれの顔だって安心感を与えてくれるものです。
さて、最近は日ごろから強い緊張感をもって
過ごしている人が多いように感じます。
私たちを取り巻く社会が緊張を強いるものとなっているからでしょう。
緊張ばかりが続くと、心が弱くなったり、
体まで壊すことになりかねません。
緊張が続いて大変なことにならないうちに提案したいと思うことは、
あなたをほっとさせてくれる顔を見に行くことです。
ながく親の顔をみてない人がいたら実家に顔をだしてみてはいかがでしょう。
古くからの友人や、信頼できる人のところでもいいかも知れません。
自分にとって大切な人たちとの関わりを忘れるほどに、
ストレスの原因となっている事柄に心を奪われていては危険です。
ぜひ安心できる顔を見に行ってください。
そして、それは、安心することによって力を得た私たちが、
関わる方々にも安心を与え、
生きる力を
与えることができるようになるでしょう。
搬送された病院の隔離病棟のスタッフに囲まれてパニックを起こしている」
たまたま見たテレビ番組のシーンです。
連絡を受けた両親が駆けつけた時、
死の恐怖に極度に緊張した彼の表情が変わりました。
「これまで一度も口にしたことはないけれど、いつも守られてきた。
父さん、母さんには感謝している。心から尊敬している。
父さんと母さんの顔を見たらほっとしたよ。」と彼は両親に告げました。
親の顔を見たらほっとした、という経験は誰にでもあることでしょう
私も子どもの頃、怖いことや辛いことをじっとこらえていた時、
親の顔をみたら、ほっと安心して泣き出した事が何度かありました。
考えてみると私たちはいつも人の顔を見ています。
それは生まれたときに私たちの顔を覗き込む母親の顔を見るところから、
他者とのコミュニケーションが始まったからなのかも知れません。
最初に見た顔、一番よく見た顔は多くの人にとって母親の顔でしょう。
そしてその顔の人は、私の苦痛を取り除き、
お腹も心もいっぱいに満たしてくれ、安心させてくれたのです。
だからその顔をみるだけでほっとするのだと思います。
状況は変わらなくても、顔をみるだけで心のあり様は変わるものです。
親に限らずあなたを大切にしてくれる人の顔なら、
だれの顔だって安心感を与えてくれるものです。
さて、最近は日ごろから強い緊張感をもって
過ごしている人が多いように感じます。
私たちを取り巻く社会が緊張を強いるものとなっているからでしょう。
緊張ばかりが続くと、心が弱くなったり、
体まで壊すことになりかねません。
緊張が続いて大変なことにならないうちに提案したいと思うことは、
あなたをほっとさせてくれる顔を見に行くことです。
ながく親の顔をみてない人がいたら実家に顔をだしてみてはいかがでしょう。
古くからの友人や、信頼できる人のところでもいいかも知れません。
自分にとって大切な人たちとの関わりを忘れるほどに、
ストレスの原因となっている事柄に心を奪われていては危険です。
ぜひ安心できる顔を見に行ってください。
そして、それは、安心することによって力を得た私たちが、
関わる方々にも安心を与え、
生きる力を
与えることができるようになるでしょう。
2009年07月28日
「家族的なことば」
私たちは自分という器の中に何も入れてもらわずに、
新しい何かを生み出すことはできない存在です。
素晴らしいと評価される古典文学も、もし作者が母親の語りかけることばをうけず、
誰からもことばを与えられなかっとしたら、その文学作品を生み出すことはできなかったでしょう。
このように私たちの意識や生活の基礎は、すべて受け入れたことばによって形作られていて、
その基礎から離れて何かを創造したりすることはないと言えるでしょう。
ことばにはいろいろな分類が可能だと思いますが、
人間関係のあり方によって使っていることばを大きく分けると、
「家族的なことば」と「他人的なことば」に分けることができると思います。
「家族的なことば」には、関わりあうその人を自分の命と同等以上に大切に思う心があり、
それゆえに、ことばが用いられるときは、その人のために語られます。
また、大切な存在だからこそ、その人との間に深く確かな絆を結ぶためのことばを話すのです。
それに対して、「他人的なことば」は、相手よりも自分を大事に思い、
ことばを使うときは、自分のほしいものを手に入れるために語られます。
関わる人を大切にする思いはありませんから、
自分の感情や気分を害されると、その関係を破壊するほどのひどいことばを吐き出すことになります。
そこで、今日、家庭で育つ子どもたちの生活を考えるときに、
子どもたちの心のあり方を決めてしまうことばが、どうなのかを省みることはとても重要なことです。
一日の生活の中で、子どもは、家庭や学校、友人関係、
塾などを含めた習い事、テレビ、インターネットなど、
いろいろな人たちと話をし、ことばを聞きます。
多くのことばにさらされ、子どもたちの世界を形成していることばは、
いったいどういう類のことばでしょうか?
「家族的なことば」からは命を尊重する平和な世界が、
「他人的なことば」からは命が軽んじられる破壊的な世界が生み出されるでしょう。
「家族的なことば」だけが、子どもたちに家族の心を与え、家族の心を育てるのです。
「家族的なことば」が失われつつある世界の中で、
昔も今も変わらずに家族の心に基づいた「家族のことば」を語り続けているのは、
聖書以外にないと私は確信しています。
ふーみんぐ通信を読んでくださる皆様が、これからは、
このことばは「家族的なことば」なのか、それとも「他人的なことば」なのかを考えて、
そのことばに対する対応を考えてほしいと思います。
「ふーみんぐ通信2009年7月発行」
新しい何かを生み出すことはできない存在です。
素晴らしいと評価される古典文学も、もし作者が母親の語りかけることばをうけず、
誰からもことばを与えられなかっとしたら、その文学作品を生み出すことはできなかったでしょう。
このように私たちの意識や生活の基礎は、すべて受け入れたことばによって形作られていて、
その基礎から離れて何かを創造したりすることはないと言えるでしょう。
ことばにはいろいろな分類が可能だと思いますが、
人間関係のあり方によって使っていることばを大きく分けると、
「家族的なことば」と「他人的なことば」に分けることができると思います。
「家族的なことば」には、関わりあうその人を自分の命と同等以上に大切に思う心があり、
それゆえに、ことばが用いられるときは、その人のために語られます。
また、大切な存在だからこそ、その人との間に深く確かな絆を結ぶためのことばを話すのです。
それに対して、「他人的なことば」は、相手よりも自分を大事に思い、
ことばを使うときは、自分のほしいものを手に入れるために語られます。
関わる人を大切にする思いはありませんから、
自分の感情や気分を害されると、その関係を破壊するほどのひどいことばを吐き出すことになります。
そこで、今日、家庭で育つ子どもたちの生活を考えるときに、
子どもたちの心のあり方を決めてしまうことばが、どうなのかを省みることはとても重要なことです。
一日の生活の中で、子どもは、家庭や学校、友人関係、
塾などを含めた習い事、テレビ、インターネットなど、
いろいろな人たちと話をし、ことばを聞きます。
多くのことばにさらされ、子どもたちの世界を形成していることばは、
いったいどういう類のことばでしょうか?
「家族的なことば」からは命を尊重する平和な世界が、
「他人的なことば」からは命が軽んじられる破壊的な世界が生み出されるでしょう。
「家族的なことば」だけが、子どもたちに家族の心を与え、家族の心を育てるのです。
「家族的なことば」が失われつつある世界の中で、
昔も今も変わらずに家族の心に基づいた「家族のことば」を語り続けているのは、
聖書以外にないと私は確信しています。
ふーみんぐ通信を読んでくださる皆様が、これからは、
このことばは「家族的なことば」なのか、それとも「他人的なことば」なのかを考えて、
そのことばに対する対応を考えてほしいと思います。
「ふーみんぐ通信2009年7月発行」
2009年07月13日
個人主義と家庭崩壊
家庭が崩壊しつつあるという危機感をもたれている方々は多いと思います。
私も自分の育ってきた時代の家庭と、
私の身近に新しく形作られる家庭との間に違いがあることを肌で感じています。
それは良くなってきたという感じではなく、
家庭が家庭ではなくなってきているという違和感なのです。
それは何故なのか?という疑問に対してはいろいろな意見があるようです。
私は「個人主義」が現代の私たちに深く根を下ろしたことが原因だと思っています。
私たちは自分の心の中で大切に思っているものと関わりを求めようとします。
花を大切に思う人は花と関わり、動物を大切に思う人は動物と関わりをもちます。
ですから、家族が家族として深く関わり、家族としての強い絆をもつようになるためには、
家族を構成する一人ひとりが、家族を自分と同じぐらいに大切な人として思えることが必要なのです。
ところが「個人主義」は自分を大切にすることを教え、自分のことを考えるように促し、
自分のための生活を生きるように導きます。そうすると心の中で家族のことを思う時間は失われ、
心の中から家族の存在が消えていくのです。
家族が大切に思えなくなったら、同じ家の中で生活していても
単なる同居人のようで家族としての心のつながり結べなくなります。
同じ場所にいてもお互いが関わりあうことをせず、それぞれのスケジュールで行動するので、
一緒に食卓を囲むことさえ出来なくなるのです。
ですから私は「個人主義」が家庭崩壊の一番の原因だと思うのです。
では、どうしたら良いのでしょうか?
現代の家庭を崩壊させる価値観から、
家庭を建てあげていく価値観に転換できるように働くことだと思います。
個人主義は社会の基盤である家庭そのものを根こそぎ破壊する力をもっています。
私は、クリスチャンとして現代の家庭の危機に対して戦うためには、
それに動じない価値観に固くたち、それを伝えていく必要性を強く感じています。
私にとってその価値観とは家族を家族にさせる聖書の価値観です。
その聖書が教える価値観をこれからはストレートに伝えていきたいと思います。
「NPO法人」家族支援センターふーみんぐとして応援し親しんでくださった皆様、
私たちふーみんぐはこれまでと同じように、
今後も幸せな家庭作りのために全力を尽して働いていきます。
ただ、家族を家族にさせていく聖書の価値観をストレートに伝えることは、
「NPO法人」としての働きにそぐわないように感じます。
今年度の定例総会で話し合い
家族支援センターふーみんぐは「NPO法人」としての法人格を取り下げ、
「家族支援センターふーみんぐ」として再出発いたします。
これからも、目的も働きも変わらずふーみんぐは進んでまいります。
ますます、皆様の支えが必要です。
これからも変わらず共に歩んでくださいますよう、心からお願い申し上げます
「ふーみんぐ通信2009年6月発行より」
私も自分の育ってきた時代の家庭と、
私の身近に新しく形作られる家庭との間に違いがあることを肌で感じています。
それは良くなってきたという感じではなく、
家庭が家庭ではなくなってきているという違和感なのです。
それは何故なのか?という疑問に対してはいろいろな意見があるようです。
私は「個人主義」が現代の私たちに深く根を下ろしたことが原因だと思っています。
私たちは自分の心の中で大切に思っているものと関わりを求めようとします。
花を大切に思う人は花と関わり、動物を大切に思う人は動物と関わりをもちます。
ですから、家族が家族として深く関わり、家族としての強い絆をもつようになるためには、
家族を構成する一人ひとりが、家族を自分と同じぐらいに大切な人として思えることが必要なのです。
ところが「個人主義」は自分を大切にすることを教え、自分のことを考えるように促し、
自分のための生活を生きるように導きます。そうすると心の中で家族のことを思う時間は失われ、
心の中から家族の存在が消えていくのです。
家族が大切に思えなくなったら、同じ家の中で生活していても
単なる同居人のようで家族としての心のつながり結べなくなります。
同じ場所にいてもお互いが関わりあうことをせず、それぞれのスケジュールで行動するので、
一緒に食卓を囲むことさえ出来なくなるのです。
ですから私は「個人主義」が家庭崩壊の一番の原因だと思うのです。
では、どうしたら良いのでしょうか?
現代の家庭を崩壊させる価値観から、
家庭を建てあげていく価値観に転換できるように働くことだと思います。
個人主義は社会の基盤である家庭そのものを根こそぎ破壊する力をもっています。
私は、クリスチャンとして現代の家庭の危機に対して戦うためには、
それに動じない価値観に固くたち、それを伝えていく必要性を強く感じています。
私にとってその価値観とは家族を家族にさせる聖書の価値観です。
その聖書が教える価値観をこれからはストレートに伝えていきたいと思います。
「NPO法人」家族支援センターふーみんぐとして応援し親しんでくださった皆様、
私たちふーみんぐはこれまでと同じように、
今後も幸せな家庭作りのために全力を尽して働いていきます。
ただ、家族を家族にさせていく聖書の価値観をストレートに伝えることは、
「NPO法人」としての働きにそぐわないように感じます。
今年度の定例総会で話し合い
家族支援センターふーみんぐは「NPO法人」としての法人格を取り下げ、
「家族支援センターふーみんぐ」として再出発いたします。
これからも、目的も働きも変わらずふーみんぐは進んでまいります。
ますます、皆様の支えが必要です。
これからも変わらず共に歩んでくださいますよう、心からお願い申し上げます
「ふーみんぐ通信2009年6月発行より」
2008年11月11日
家庭が壊れると
私は人間社会の中で
一番壊れにくい関係は
家族なのだと思っています。
これまで家庭が家庭としての形を
保つことが出来たのは
夫婦が夫婦で いつづけてきたからです。
夫婦が夫婦でいられないということは
家庭が家庭のままでいられなくなることです。
家族の絆の強さと
社会の人の結び合う強さは
正比例しますから
夫婦の離婚率の高さは
社会全体の人間関係が
もろく弱くなっていくことを
示しているといえるでしょう。
家庭もこれまでにまして壊れやすく
変質しやすいものに
なっていくということです。
もし、私たちが生きている社会から
信じることの出来る
そして、安心することのできる
人間関係の土台である家族関係が失われたら
本当に大変なことです。
真実や愛、責任、優しさ
人の価値と尊厳
平和、協力、共生など
私たちが大切にしてきた
これら多くのものが
一緒に色あせ失われることになるでしょう。
家庭を守ることが、人を守ることであり
家庭を守ることが、人間が所有しうる
すべての価値あるものを守ることなのです。
一番壊れにくい関係は
家族なのだと思っています。
これまで家庭が家庭としての形を
保つことが出来たのは
夫婦が夫婦で いつづけてきたからです。
夫婦が夫婦でいられないということは
家庭が家庭のままでいられなくなることです。
家族の絆の強さと
社会の人の結び合う強さは
正比例しますから
夫婦の離婚率の高さは
社会全体の人間関係が
もろく弱くなっていくことを
示しているといえるでしょう。
家庭もこれまでにまして壊れやすく
変質しやすいものに
なっていくということです。
もし、私たちが生きている社会から
信じることの出来る
そして、安心することのできる
人間関係の土台である家族関係が失われたら
本当に大変なことです。
真実や愛、責任、優しさ
人の価値と尊厳
平和、協力、共生など
私たちが大切にしてきた
これら多くのものが
一緒に色あせ失われることになるでしょう。
家庭を守ることが、人を守ることであり
家庭を守ることが、人間が所有しうる
すべての価値あるものを守ることなのです。
2008年10月06日
ふーみんぐ アクセス
このブログを、「ふーみんぐ アクセス」という言葉で
検索してくださる方があるようです。
ふーみんぐの場所は、本当にわかりにくい。
とにかく、読谷・地元の人でもなかなか・・・・です。
どうしても、自分で!と思われる方は
「読谷中央幼稚園・のぐさ保育園」を探してください。
その幼稚園・保育園の入り口に立ち、
南に向かって真っ直ぐ歩いて5分くらい
右手奥に白い2階建ての「ふーみんぐ」の建物が見えたら、
カーブミラーの手前を右折して、すぐです。
車にナビがついてても、迷った~という人が多いのです。
ふーみんぐの場所がわからずに、ふーみんぐに来られるときは
ぜひ、お電話ください。お迎えにあがります。
電話 090-1943-8371
検索してくださる方があるようです。
ふーみんぐの場所は、本当にわかりにくい。
とにかく、読谷・地元の人でもなかなか・・・・です。
どうしても、自分で!と思われる方は
「読谷中央幼稚園・のぐさ保育園」を探してください。
その幼稚園・保育園の入り口に立ち、
南に向かって真っ直ぐ歩いて5分くらい
右手奥に白い2階建ての「ふーみんぐ」の建物が見えたら、
カーブミラーの手前を右折して、すぐです。
車にナビがついてても、迷った~という人が多いのです。
ふーみんぐの場所がわからずに、ふーみんぐに来られるときは
ぜひ、お電話ください。お迎えにあがります。
電話 090-1943-8371
2008年10月06日
心の絆に自信がない人
全国的に離婚率が高くなっています。
自分の身近にも離婚している人が年齢に関係なく
増えてきたという実感があります。
そうすると、そんな風潮の中で結婚するカップルにとって
ずっと続く夫婦生活をイメージすることは
難しくなってきているのではないでしょうか。
それは自分自身の相手に向ける愛情や
相手が自分自身に向けてくれている気持ちに
自信がもてなくなったということでもあると思います。
本試験のために模擬試験で実力を試すように
結婚してうまくいくかどうかを
まずは模擬結婚(同棲)してみて
やれそうかどうかを確かめるというカップルも
増えてきたように思います。
どうして自分の気持ちや
相手の心に自信がもてないのでしょうか?
きっと
それまで体験してきた家族関係や、友人関係が
その人にとってもろいものだったことを
示しているのだろうと思っています。
そんなことを考えると
幸せな結婚生活を支援するためには
結婚適齢期にいたる以前の青少年の時期から
なんらかのアプローチが
必要なのかなと考えさせられます。
「健全な家庭による健全な地域社会」の理念のもと
家族に関わるあらゆる働きが
ゆるやかであっても連携をとり
協力することが求められているのではないでしょうか?
自分の身近にも離婚している人が年齢に関係なく
増えてきたという実感があります。
そうすると、そんな風潮の中で結婚するカップルにとって
ずっと続く夫婦生活をイメージすることは
難しくなってきているのではないでしょうか。
それは自分自身の相手に向ける愛情や
相手が自分自身に向けてくれている気持ちに
自信がもてなくなったということでもあると思います。
本試験のために模擬試験で実力を試すように
結婚してうまくいくかどうかを
まずは模擬結婚(同棲)してみて
やれそうかどうかを確かめるというカップルも
増えてきたように思います。
どうして自分の気持ちや
相手の心に自信がもてないのでしょうか?
きっと
それまで体験してきた家族関係や、友人関係が
その人にとってもろいものだったことを
示しているのだろうと思っています。
そんなことを考えると
幸せな結婚生活を支援するためには
結婚適齢期にいたる以前の青少年の時期から
なんらかのアプローチが
必要なのかなと考えさせられます。
「健全な家庭による健全な地域社会」の理念のもと
家族に関わるあらゆる働きが
ゆるやかであっても連携をとり
協力することが求められているのではないでしょうか?
2008年09月28日
ふーみんぐ連絡先
事務局用の新しい携帯番号を契約しました。
あらためて、ふーみんぐの連絡先をお知らせします。
〒904-0316
沖縄県中頭郡読谷村字大木66-1
Fax 098-956-5602
カウンセリング申込 090-1943-8371
(この携帯電話はカウンセリング中など取れないことも多いです。
あらかじめご了承ください。カウンセリングは
このブログのオーナーへのメールコーナーからも可能です。
急用の時は、事務局の電話に連絡してください。)
事務局連絡先 090-6861-1431
あらためて、ふーみんぐの連絡先をお知らせします。
〒904-0316
沖縄県中頭郡読谷村字大木66-1
Fax 098-956-5602
カウンセリング申込 090-1943-8371
(この携帯電話はカウンセリング中など取れないことも多いです。
あらかじめご了承ください。カウンセリングは
このブログのオーナーへのメールコーナーからも可能です。
急用の時は、事務局の電話に連絡してください。)
事務局連絡先 090-6861-1431
2008年08月01日
家族の中の死を考える
「介護リサーチおきなわ」からの講演依頼があり
代表者のお話を伺い引き受けることにしました。
もっとも、それは直接ふーみんぐの働きではなく、
勤めている病院のチャプレンとしての立場での講演です。
家族を介護している皆様にとって、
やがて訪れる「死」をどう受け止めたらいいのか。
介護者の多くが「家族の死」に直面し
その現実になぎ倒されてきたのです。
「介護リサーチおきなわ」では誰でも直面せざるをえない「家族の死」
切実で困難なこの課題に取り組もうとされているのです。
かつて私の父が寝たっきりの母親を亡くした時
口にして語ったことばを思い出します。
「私はこの世界で一人ぼっちになった。」
自分の母親を失った父の喪失感は本当に大きいものでした。
圧倒される父の悲しみの前で「僕や、家族がいるでしょう。」
と言いかけたことばを飲み込んだことを思い出します。
家族として生きるということは
日々を共に歩むことであり
それは、その人の最後を看取ることでもあります。
私たちはもっと「死」について考える必要はないでしょうか?
家族の中で、もっともっと「死」について
話し合わなければならないと思わされています。
代表者のお話を伺い引き受けることにしました。
もっとも、それは直接ふーみんぐの働きではなく、
勤めている病院のチャプレンとしての立場での講演です。
家族を介護している皆様にとって、
やがて訪れる「死」をどう受け止めたらいいのか。
介護者の多くが「家族の死」に直面し
その現実になぎ倒されてきたのです。
「介護リサーチおきなわ」では誰でも直面せざるをえない「家族の死」
切実で困難なこの課題に取り組もうとされているのです。
かつて私の父が寝たっきりの母親を亡くした時
口にして語ったことばを思い出します。
「私はこの世界で一人ぼっちになった。」
自分の母親を失った父の喪失感は本当に大きいものでした。
圧倒される父の悲しみの前で「僕や、家族がいるでしょう。」
と言いかけたことばを飲み込んだことを思い出します。
家族として生きるということは
日々を共に歩むことであり
それは、その人の最後を看取ることでもあります。
私たちはもっと「死」について考える必要はないでしょうか?
家族の中で、もっともっと「死」について
話し合わなければならないと思わされています。
2008年04月19日
子育てセミナーのご案内
今日、4月17日(土)午後2時から
子育てセミナー開催です!
ふーみんぐの場所は初めての方にはわかりにくいかもしれません。
遠慮なさらずに(ナビがあるから大丈夫!と思っても迷う人ばかりです)
58号線を名護に向けて
伊良皆交差点で左折したところすぐに読谷高校があります。
読谷高校向いの丸大スーパーの前あたりについて
お電話くだされば、お迎えにあがります。
090-1943-8371(泉川)
愛はまず家庭から始まるのです。
愛は家庭に住まうものです。
こどもたちは
家庭の中に愛やほほえみを
見つけることができません。
こどもたちはさびしすぎるのです。
さびしさをまぎらわすために
外へ
さがし求めにゆくのです。
- 「マザー・テレサ 愛のことば」女子パウロ会出版より -
こどもたちが安心して、愛に満たされて住まうことのできる
そういう家庭が沖縄に、日本に、世界に満ち溢れますように。
子育てセミナー開催です!
ふーみんぐの場所は初めての方にはわかりにくいかもしれません。
遠慮なさらずに(ナビがあるから大丈夫!と思っても迷う人ばかりです)
58号線を名護に向けて
伊良皆交差点で左折したところすぐに読谷高校があります。
読谷高校向いの丸大スーパーの前あたりについて
お電話くだされば、お迎えにあがります。
090-1943-8371(泉川)
愛はまず家庭から始まるのです。
愛は家庭に住まうものです。
こどもたちは
家庭の中に愛やほほえみを
見つけることができません。
こどもたちはさびしすぎるのです。
さびしさをまぎらわすために
外へ
さがし求めにゆくのです。
- 「マザー・テレサ 愛のことば」女子パウロ会出版より -
こどもたちが安心して、愛に満たされて住まうことのできる
そういう家庭が沖縄に、日本に、世界に満ち溢れますように。
2008年04月17日
ほーむぷらざ(沖縄タイムス)
今日、4月17日に配布されたほーむぷらざ、もうご覧になりましたか?
沖縄タイムスに折り込まれているその
ほーむぷらざに「家族力UP・コミュニケーションの質高める」という題で
ふーみんぐの記事が掲載されました。
取材を担当されたTさんは、
まずふーみんぐの携帯に電話でNPOとして
どういう活動をしていますか?と色々と質問してこられ
それから、マリッジ・セミナーに実際に参加。
その後、泉川が勤めている上司に電話でインタビュー。
直接、泉川にあって、時間をかけての質問。
それから、実際にふーみんぐで長いこと学びを続けてこられた
ご夫婦と独身女性にそれぞれインタビュー。
最後に家族セミナーに参加されて
今日の原稿が完成しました。
こんなふうにして新聞はつくられていくのだと
本当にこちらの方が色々と教えられたり感心したり
特にマリッジセミナーでのコミュケーションについての学びを
わかりやすく図解でまとめてくださいました。
早速、記事を見て問合せの電話が入り
カウンセリングの予約が入ったりしました。
マスコミの力はすごいですね。
ふーみんぐを多くの方々に紹介してくださった
沖縄タイムスの方々、取材にこられたTさんに感謝します。
沖縄タイムスに折り込まれているその
ほーむぷらざに「家族力UP・コミュニケーションの質高める」という題で
ふーみんぐの記事が掲載されました。
取材を担当されたTさんは、
まずふーみんぐの携帯に電話でNPOとして
どういう活動をしていますか?と色々と質問してこられ
それから、マリッジ・セミナーに実際に参加。
その後、泉川が勤めている上司に電話でインタビュー。
直接、泉川にあって、時間をかけての質問。
それから、実際にふーみんぐで長いこと学びを続けてこられた
ご夫婦と独身女性にそれぞれインタビュー。
最後に家族セミナーに参加されて
今日の原稿が完成しました。
こんなふうにして新聞はつくられていくのだと
本当にこちらの方が色々と教えられたり感心したり
特にマリッジセミナーでのコミュケーションについての学びを
わかりやすく図解でまとめてくださいました。
早速、記事を見て問合せの電話が入り
カウンセリングの予約が入ったりしました。
マスコミの力はすごいですね。
ふーみんぐを多くの方々に紹介してくださった
沖縄タイムスの方々、取材にこられたTさんに感謝します。
2008年04月16日
ふーみんぐの可愛い花
ふーみんぐの小さなスペースを見つけて
管理人の宮城さんが野菜を栽培したり
お花を植えたりしています。
食卓にのぼる料理に
これもふーみんぐで採れたものと
楽しそうに話しています。
雑草ひとつ生えていない芝生は
宮城さんの日ごろの管理のおかげです。
今も庭に花が咲いています。
植物にうとい私は名前も知りませんが
かわいらしい花なので
写真をアップします。
2008年04月13日
4月のプログラム
4月も13日を過ぎますが、予定しているプログラムがありますので、お知らせいたします。
4月のプログラム
4月19日 午後2:00~ 子育てセミナー
4月25日 午後8:00~ マリッジセミナー
4月5日の家族セミナーは、沖縄タイムスのホームプラザ「家族力up」の取材でTさんもいらしていました。
セミナー後には、質問
をしたり、感想を述べたり、2時から始まって4時過ぎにセミナーが終了しました。
この日、初めての方
がお一人いらっしゃっていましたが、
遠慮せず気兼ねなく話せる雰囲気なので、積極的に感想・質問もされていました。
初めてでも気軽に参加しやすいのではないかと思います。
一人で抵抗のある方は、お友達といかがですか?
ぜひ、ご参加ください。
4月のプログラム
4月19日 午後2:00~ 子育てセミナー
4月25日 午後8:00~ マリッジセミナー4月5日の家族セミナーは、沖縄タイムスのホームプラザ「家族力up」の取材でTさんもいらしていました。
セミナー後には、質問
をしたり、感想を述べたり、2時から始まって4時過ぎにセミナーが終了しました。この日、初めての方
がお一人いらっしゃっていましたが、遠慮せず気兼ねなく話せる雰囲気なので、積極的に感想・質問もされていました。
初めてでも気軽に参加しやすいのではないかと思います。
一人で抵抗のある方は、お友達といかがですか?
ぜひ、ご参加ください。

